思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、ロシアジョークに力がぬけたようです。



露国赤毛布

12.モスクワふたたび





「大型オートバイに乗ったプーチンが、あのトンネルをぬけていまみなさんが立っているところ

を颯爽と走りぬけて大統領官邸へ向かうのです」。わがミハイル氏がにこりともしないで説明す

る。するとだれかが「わー、見てみたい」というと「そんなことはありません」と笑っている。

大統領は、赤の広場に面したスバスカヤ門をつかう。市内をノンストップで走り、交通渋滞をま

ねくのでモスクワ市民に不評の黒塗りの乗用車の隊列が、猛スピードで走りぬけるのを見てみた

くなった。最新の報道では、プーチンの支持率を上げるために悪評高き自動車行列をやめてヘリ

コプターを使うそうだ。残念!


今日は旅行最後の日。ふたたびモスクワにもどってきて、いまクレムリンに入る行列の中で震え

ている。晴天つづきだった旅行も最後の日は薄曇りの天気で冷たい風が吹いている。

寒いといっても気温はややプラス。拍子ぬけするくらい暖かかった冬のロシア旅行であったが、

最後の日に冬のロシアをちょっぴり体験させてもらった。ロシアの天気は親切だ。


クレムリンは、現役の大統領官邸や大統領府など、政府の重要な建物があるので自由に見られる

ところはすくない。

構内に入って最初の建物、武器庫の中にある今回のツアーの目玉であるダイアモンド庫にむかう。

19世紀半ばに武器の保管場所として作られた武器庫は、すぐにニコライ一世の命により博物館

となって歴代皇帝の調度品が展示されている。そこの地下にあるダイアモンド庫にむかう通路は

狭くて大勢の人間がなだれこむことができない。入り口には屈強な男が数人立っていて見学者を

見ている。外からはわからないがおそらく銃器を持っているだろう。

ここで見学者は手荷物を預けさせられる。女性でもポーチくらいしか許されない。ほとんど手ぶ

らの状態で入った部屋にはダイアモンドがあふれていた。歴代皇帝や女帝がつかった王冠や王女

がつかったティアラなどがならんでいる。エカテリーナ二世の愛人の一人が贈った世界最大のダ

イアモンド“オルロフ”は馬鹿でかすぎてありがたみがない。トプカプ宮殿の巨大なエメラルド

もそうだった。数々の宝飾品よりもおどろいたのは、ブリキのバケツに盛られた、ひとつが1カ

ラット以上あるダイアモンドの山であった。間違いなく庶民には庶民のスケールがあることがわ

かった一瞬だ。

びっくりしたような、がっかりしたような気分でダイアモンド庫をあとにしていよいよクレムリ

ンの聖堂の見学である。とは言っても聖堂内が見られるのは、フレスコ画やイコンで有名なブラ

ゴヴェシチェンスキー聖堂だけ。しかも内部の撮影は厳禁ときているからしっかりと目に焼きつ

けてこないと思い出ものこらない。しかし、さすがに本家本元の聖堂であるだけに内部のイコン

はみごとなものだった。歴代皇帝の戴冠式がおこなわれたウスベンスキー大聖堂やイワン雷帝を

葬ったアルハンゲルスキー聖堂は、今回の旅行では外から見るだけだった。しゃくにさわったか

ら絵葉書を買わなかったので印象が断片的なのがくやまれる。

あとは、だだっ広い聖堂広場にたたずんでまわりの小聖堂を見たり、高さが81メートルあるイ

ワン雷帝の鐘楼を見上げるだけ。

聖堂広場にはこれといって見るものもなく、高さ6メートル重さ200トンの出来損ないの巨大

な鐘や、これも巨大な大砲の前でミハイル氏がおごそかに「この大砲は撃ったことがあるでしょ

うか」と聞くので、みんなが返事にこまっていると「大砲の前に置いてある玉の方が大きいので

一度も撃ったことはありません」と笑いようもない冗談を聞かされてクレムリン見学は終わった。

わがミハイル氏のいまひとつの冗談とももうすぐお別れだ。


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