思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
シャンせんせい、ロシア一夜め、いい味の滑り出しです。



露国赤毛布

3.マキシマ ホテル





空港でわれわれを出迎えてくれた現地ガイドの名はミハイールさん。日本人にはミハイル

の発音のほうがしたしみやすい。ロシアでの愛称はミーシャ。目がするどく身長は190

センチちかい髭もじゃの巨漢であった。その容貌はサンタクロースに似ている。

日本語は上手な冗談をまじえて話すくらい流暢なのだが「大通り」が「踊り」に聞こえる

ので街の説明の中に急に「踊り」がでてきてはじめのうちは面食らった。


車中明日の予定を聞きながら、片側5車線のモスクワ環状道路を走ること2時間。ようや

く夜の8時に着いたホテルは、三つ星のマキシマ・イルビス。林に囲まれたタイル貼り古

色蒼然とした4階建てのホテルはパリのマキシムとは関係がなさそうだ。

大きな荷物はポーターがロビーまで運ぶからそのままでといわれたが、年寄りのポーター

がよたよたと運ぶ姿を見て、気の毒になったか各々自分のトランクを運び始めた。やはり

日本人だ、西洋人は絶対に手をださないだろう。

ロビーといわれたが、それはどこ?というくらいせまくて人と荷物で一杯になったしまっ

た。鍵を受け取って部屋に向かおうとすると「エレベータは一機しかありませんから急ぐ

方は階段をつかってください」といわれた。

部屋は3階なので急いでエレベータのところにいったらもう先客がいる。ゴトゴトと音を

たてて降りてきたエレベータは小さく、4人と荷物で一杯になってしまった。しかもこの

おんぼろエレベータは止まった階で次の階のボタンをおさないと動かない。それでも名門

オーチスの製品だった。ようやくの思いで3階にたどりつくと元気な人たちは階段で先に

着いていた。


せまいが清潔でスチーム暖房がほんわかと暖かい部屋だった。なによりもたすかったのは、


ないといわれていたバスタブがあったことだ。よろこぶのもつかの間、ロシアの小さなホ

テルではバスタブがあっても途中で湯が止まってしまうという体験者の話を思い出した。

心配なのでフロントに聞くと大丈夫とのことだった。これで安心して気が大きくなったか、

旅の同行者“同行二人の大師さま”が、腹が減った、ボルシチでビールが飲みたいといい

だした。

フロントの奥にレストランの看板があった。言葉が通じるかな、とおっかなびっくりいっ

てみた。中にはロシア人のカップルが一組だけ。いらっしゃいませでもなければ席に案内

してくれるでもない。面倒な客がやってきたとでもいいたげに2〜3人の男が奥の方で立

っている。適当な席につくと若いウェイターがメニューをもってきた。

もちろんメニューはロシア語のみ。しかし食べたいものが決まっているので気がらくだ。

ロシアのビールを飲むことにした。ウェイター君に、「ボールシチ(と)ピーヴァ」と、

なぜか(と)だけ日本語で告げた。ウェイター君はうなずいてひっこんだ。こういうとき

のシャンさんのロシア語はりっぱにつうじる。

しばらくすると年配の支配人がやってきた。あれっ、わからなかったのかなと彼の言うこ

とを聞くと、あいにくロシアビールはない、バドワイザーではどうかと聞く。彼は英語が

わかる。それでいいと答えるとパンはどうかと聞くので黒パンをたのんだ。

この時のボルシチと黒パンは、日本のロシア料理屋のものよりおいしかった。とくに黒パ

ンは日本のものとはくらべようもないくらいおいしい。

手間をかけたのでチップをはずみ、ご満悦の大師さまと部屋にもどると窓越しに見る雪野

原に立つ街灯に照らし出された木々がうつくしい。


ツアーの朝は早い。しかし、飛行機のなかでタップリと寝たのでのんびりと湯につかり、

テレビの喜劇番組に笑い転げていたら12時。レストランから戻る途中、ツアコン女史に

レストランにいってきたと話すと「あら、明日の朝食と同じメニューですよ」と笑われた

のを思い出しながら眠りについた。


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