思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
センセーには伝統文化の保存について、言いたいことがあります。



ついにここも、か…




柄にもなく新派を観てきた。

老妻が招待券をもらったが、この暮れ、だれもつきあってくれる人がいない。捨ててしま

うのももったいないのでお供することにした。

場所は新橋演舞場。出し物は「三婆」。波乃久里子、水谷八重子それに沢田雅美という顔

ぶれに笹野高史がくわわっている。


芝居のイントロの音楽が流れはじめておどろいた。音がわるい。音が悪いといっても歪ん

でいるわけではない。音域が狭いのだ。たしかここは一流劇場。いまどきシネコンのほう

がよほどいい音をだす。

幕があき八重子の登場。先代の八重子を観ているのでどうしてもしっくりこない。沢田雅

美も熱演なのだがまだ新派ではない。救われたのは波乃久里子の好演。やっぱり根っから

の役者だ。せっかくの観劇もわるい音で気持ちをそがれおかしな観方になってしまった。

役者諸嬢にもうしわけない。

そんな気分でまわりを見るものだから気になることばかり。

場内の案内係りは親切なのだがどこか応対が野暮ったい。二階席には、転落防止のパイプ

のために舞台がよく見えない席があるが、そこも他と同じ値段で売っている。喫煙所はビ

ルの外の大道具の搬入口わきのふきっ晒し。どうやら喫煙者は客ではないようだ。

昔の演舞場はよかった。劇場経営はどこも大変とは聞いているが、一流劇場が「貧すれば

鈍する」になってしまっては寂しい。


そんな気分を吹き飛ばすべく、歌舞伎座の帰りにはかならず寄るレトロな酒場へいった。

ここは東銀座界隈の零細企業の連中がご愛用。しかも、かつての同業者が多いので聞こえ

てくる悩みや愚痴を聞いていると、現役のときはああだったなと懐かしい気持ちになれる。

ビル一階の店が皆閉まっていたので、もしやと思って店のオバちゃんに聞いてみると「再

開発で立ち退きのため20日で閉店です」と恐れていた言葉がかえってきた。

時の流れとともに心安らぐところがつぎつぎとなくなっていく。

マスターと名残りを惜しんで店を出たが、「ついにここも、か…」の感はぬぐえなかった。


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