●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、自身の本能を確認したようです。


ゴキブリと私の関係


10月だというのに暑い。

その日、テレビのニュースが観測史上最も遅い真夏日だと報じていた。

私はお風呂からあがり、ああ、ようやく1日が終わった、なんだか最近疲れやすいなあ、

とクタッと食堂の椅子に座って扇風機をかけた。何するのも億劫であった。

とそのとき、そんな私の視界の片隅に、床でササッと動く黒い物体が映ったのである。

あっ、ゴキブリ! ピンときた。見逃すわけにはいかない。

反射的に私は片方のスリッパをそっと脱ぐと右手に持った。完全な戦闘態勢である。ちょ

っと前のでれっとしただらしない体からは考えられない素早さであった。


ゴキブリはつやつやと黒褐色をして大きくふてぶてしい感じのヤツだった。敵は再び少し

動いたあと、辺りを窺うように立ち止まった。そのときスリッパを片手に構えた私とぴた

っと目があった。(ような気がした)

すると、私の仁王のような気迫に気押されたようにゴキブリが一瞬ひるんだような目をし

た。(ような気がした)

私はその隙を逃さなかった。思いっきりスリッパを振り下ろす。ところが敵もさるもの、

今日は気温が高くゴキブリにとって最適なコンディションなのか動きが素早かった。逃げ

られた。私は夢中でバンバンと叩きなだら追いかけたのだが、敵は食器棚の後ろに逃げ込

んでしまった。

あ〜あ、と敗北感が全身を包む。前よりもどっと疲れを感じてぐったりと椅子に座った。

それにしても、ゴキブリに抱いた私の殺意はなんなのだろう…

目に見える悪さをしたわけではないのに、大した恨みがあるわけではなく、ゴキブリを見

ると殺さなきゃと思ってしまう。

計画的とはいえない殺意、本能のように手が動く反射的な殺意。

蜘蛛や蟻にはなく、ゴキブリや蚊には抱く殺意。

しかもその殺意は一瞬、私を狩をする動物のように活き活きとなにもかも忘れて心を集中

させたのだった。

そして人間の殺意をかいくぐって、ゴキブリは太古の昔から生き続けている。


11/21 無記名さんからコメントありました。
いつも楽しく読ませていただいています。
少し前になりますが、10/15の「ゴキブリと私の関係」おもしろかったです。私は運動神経弱く
ゴキブリ退治は苦手なのですが、捕まえようとしている瞬間の集中度、頭は空白、まさしく
一葉さんの文章がピッタリ。


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