●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
シリーズ6回め、小説家タイプのクセ(?)。



シリーズ なくて七癖

A君のこと

芥川賞受賞の田中慎弥氏が受賞の際「もらってやる」といって、一連の言動が一躍話題

になった。賛否両論があったが、私は世の中いろんな人がいていいと思うので、面白い

なあ、ああいう人、と思った。

そして、どういうわけか高校時代、私と同じクラスのA君を思い出したのであった。

A君は遅刻癖があった。いつも授業が始まってまもなく、のっそりと後ろのドアを開け

て入ってくる。先生は「なぜ、遅れたんだ?」と問いただすが、A君はぼそぼそと言い

訳をしているが何をいっているのかわからない。先生もすっかりあきらめ顔であった。

そのA君は話をするとき相手の顔を見ない。俯いたり上を仰いだりしていて、決して目

を合わせないのだ。その仕草がとても考え深そうな様子にみえ、我々とはまったく次元

の違う大人の雰囲気を醸し出していた。

あまり話したことはなかったが、文学に精通し小説のようなものを書いていると聞いて

いたので、勝手に私はA君を将来無頼派のような小説家になるんだろうな、と密かに思

っていた。

時が流れて、同窓会を開くような年齢になった。A君は高校の先生になっていた。そし

て何回目かの同窓会の二次会でそのA君が爆弾宣言をしたのである。

「僕は今23歳年下の女性と恋をしている。妻と別れて結婚しようと思う」

というのであった。

まわりの者はあっと驚いた。A君は照れもせず、むしろ不機嫌な顔つきでしれっといっ

てのけたのだ。あの情景は今思うと田中氏の受賞会見とそっくりではないか。これは私

の邪推だけれど、きっと二人の間には世間など相手にしない価値観と、思ったことを正

直に表さなければいられない、純粋さのような共通の癖があると見ているのだが・・・

因みにその後のA君の消息では、宣言した歳の差婚の夢は破れ、今は元通り奥様と睦ま

じく暮らしているとのことだった。


戻る