●連載
がたやま娘のひとりごと      文はこんのたえこ


地方文化都市山形で、世界の様々なことを感じ考えている
賢くうら若い(?)娘の話を聞いてみよう!

たえちゃん、ずーっと想いや疑問をめぐらしてます。



あれから一年

まだ、復興には程遠い。

復興とは何だろう?

私にとっては、東北の野菜や果物、農産物が、昔のように安心して食べられること。特に、

福島の桃を、お腹いっぱい食べたい。宮城の牡蠣やサンマ、三陸の海の幸もお腹いっぱい

食べたい。

それに、福島を離れた友達が、子供を連れて、戻ってくること。家族が安心して一緒に暮

らすこと。避難生活をしている人たちが、それぞれ望むかたちで自分たちの暮らしをする

こと。

山形が、もう瓦礫の受け入れをしなくて良くなること。これ以上の環境汚染をしないこと。

東電は、ありとあらゆる全ての保証を行うこと。全ての原子力発電所の停止。

まともな政治家による、まともな政治と政府が欲しい。

パッと思いつくのは、こういうところだろうか。


あんなに喧伝されていた、募金や義捐金はどうなったのだろう?ちゃんともらったような

話はいまだに聞かないし、いったいどこに消えたのだろうか。


あの日は、一年後とか、そういうことが想像できなかった。とにかく今からどうなるのか

全く分からなかった。果たして明日が無事に来るのか、としか考えられなかった。

一か月経った、三か月経った、半年経った、とやっと感じていたけれど、もう一年なのか、

やっと一年なのか、よく分からない感覚でいる。


特集番組などもたくさんあるが、お涙頂戴や、背広を着た無関係のオッサンたちが、形に

ならない復興支援策を語るのはやめてほしい。また、テレビの取材の人も、特に若い女性

を福島原発近くの中継地にやるのは、やめてほしい。福島の原発は壊れながらもまだ動い

ていて、放射性物質が、世界中に垂れ流しになっている。

津波の映像を見ると、あの時の寒さと呆然とした気持ちを思い出す。私がテレビを見たの

は、地震からまる一日半経った時だった。

日本は法治国家、文化国家じゃなかったのかな。技術も高いし、日本人の品位とモラルも、

高いはずではなかったか。まだ手つかずの被災地と、壊れた原発からの放射線値を見なが

ら、考えてしまう。

「東北だから、東北の人だから、我慢強い。」という言葉だけが巡る。


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