●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、そばになりかわってためんなるお話します。
びっくり水
乾麺をゆでるとき、沸騰したお湯に入れ、再度沸騰したのを見計らってすかさず水を足すよ
うにと、母から教わった。それを「びっくり水」という。そうすると腰が強くなっておいし
い麺になるというのだ。
最近テレビで、ある料理家がびっくり水はなんの根拠もなく効果はありません、などとコメ
ントしていたのを見たけど、私は母から教わったこのびっくり水を固く信じている。
なぜなら「びっくり水」という面白いネーミングと、麺の茹で上がる過程がドラマチックで
十分納得できるからである。
茹で上がる麺の情況を実況中継風にいえば、
「あっ!麺は今まさに沸騰したお湯に入れられました。初めは熱い!と感じたけれどお湯は
一挙に温度が下がり、それから次第に体がなじんでいきます。ゆるゆるとく身がほぐれてい
きます。そしてお湯は徐々に熱くなり再び沸騰してきました。しかし、もう麺は熱さになじ
んでいるので気持ちよい状態です。このまま順調に茹で上がるのかと思いました。が、その
ときです。突然、冷たい水をぶっかけられました。何がなんだかわからず、パニックです。
でも、鍋に入れられ火にかけられてままで逃げ出すわけにもいきません。麺は身を縮ませて
耐えるしかありません。これはまさに試練です。麺はじっと再びお湯が熱くなるのを待って
います。ようやく熱くなりました。試練を乗り越えた麺は以前にもまして立派な茹で麺とな
りました」
こうした状況はまさに人間にもいえることである。
びっくり水のような災難や苦労は人の長い人生には大なり小なりたくさん遭遇するのだ。そ
の都度耐えたり立ち向かったり、なんとか乗り越えて、今がある。
人生のびっくり水も決して無駄ではない。人間を強く成長させていくためには避けて通れな
いのではないだろうか。