思いつくまま、気の向くまま
  文は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいのガンリキエッセー。
達観シャンせんせい、無防備で不意をつかれたようです。



なんだ、なんだ、涙が…

先日仕事の合間に三時間ほど時間があいたので時間潰しに映画を見ました。

映画館で映画を見るのは6〜7年ぶりのことです。といっても映画が嫌いなわけではなく、

よほどいい映画でないかぎり技術的なことばかり気になって疲れてしまうので足が遠ざかっ

ていたのです。


見た映画は「オーケストラ」。

新聞評ではクラシック音楽が題材になっていると書かれていたので、つまらなかったら音だ

け聞いていればよいと思って映画館に入りました。

映画の解説は映画通の人にまかせるとして感じたことを書けば、ブレジネフ時代のソ連で行

われたユダヤ人迫害とそれを庇い失脚させられた指揮者の精神的復讐劇。

正規に招聘されたオーケストラになり済ましてパリへ乗り込み、大成功をおさめるまでのお

話しですが、当時のソ連の事情に通じていれば笑いをこらえるのに苦労をするくらいロシア

独特のアネクドートにあふれた画面は、へたな喜劇映画をみているより楽しいです。


不覚にも涙がでたのは、なにも笑い転げたためではありません。音楽の使い方の巧みさに、

平易にいえば感動してしまいました。

ユダヤ人であるがために楽界を追われた昔の仲間を集めるシーンで、いまは救急車の運転手

をしているチェリストが奏でるバッハの無伴奏チェロ組曲等、物語の運びを盛り上げるみご

とな選曲がおこなわれています。

なかでも秀逸なのは、最後12分間のクライマックス。

指揮者に共演を指名されたフランスで評判のソリスト(この指名についてはお涙もののわけ

があるのです)が、リハーサルもしないオーケストラに疑問をぶつける場面で、コンマスを

やるジプシーが「ご心配なく」とばかりにジプシー音楽を弾き始め、ソリストが顔をしかめ

るやいなやパガニーニを弾きはじめる間のよさと音のつながり。う〜ん凄い!

さて、パリでの演奏会本番。

曲はチャイコフスキーのV協(これにも深いわけがあります)。もちろんオケの出だしの音

程は狂いアンサンブルもなっていない。狼狽する指揮者とソリスト。

しかし、ざわめく聴衆をしりめにこのコンサートの意味を知ったソリストが渾身の力をふり

しぼって演奏をはじめるとオーケストラの音がどんどん変わっていく。ここのところで涙が

でてきました。

はじめのうちは目が疲れたせいかと思っていたけど、違いました。この巧みな音の変化に感

動してしまったのです。これは普通のコンサートでもあることですが、協奏曲の場合ソリス

トの乗りがいいとオーケストラの音が変わってきます。

この映画の監督は心憎いほどにこの現象を巧みに使い、俳優の演じる弓の角度と音が合って

いないことなどいつの間にか忘れさせ、物語のよさとあいまって見る者を泣かせます。もち

ろんソリストを演じたメラニーロランの美貌も影響しているのでしょうが。


感動して映画を見終わるとマニアの虫が頭をもたげます。この演奏をしたオケはどこだろう。

プロは上手に演奏することは簡単でも、オーケストラで一人一人が調子をはずしていかにも

下手に聞こえるように演奏するのはどんなに難しいことか。プログラムを買えばわかるので

しょうが、小生はケチなのでわからない。なんでもブタペスト交響楽団らしいということは

あとでわかりました。

全曲ほぼ40分のチャイコフスキーのV協の聞かせどころを12分に編曲した音楽監督とこ

の映画の監督に「不覚の泪」の讃辞を送ります。また、おかげさまで食わず嫌いだった

「マーラー」も聞く気になりました。

最後に、映画の題名は「オーケストラ」なんていう無味乾燥なものにしないで、原題の通り

「Le Concert」のほうがこの映画にはピッタリです。


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