●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
人生の過ごし方を決める場合のひとつのお手本。



シリーズ あんな話こんな話

坂の上の家

A夫人はリビングに座って見慣れたガラス戸の外の景色を眺めていた。

大きく南にとられたガラス戸からはランドマークタワーはもちろん、遠く丹沢の山々が

連なっているのが見える。横浜開港記念日の花火大会のときには居ながらにして見物が

できる眺望の開けたご自慢のリビングである。

若かった頃、高台の家にあこがれ、夫とともに懸命に働き手に入れた念願の家だった。

その夫も10数年前に亡くなり、完全な2世帯住宅で1階には息子夫婦が住んでいて今

では何不自由のない有閑マダムだ。

A夫人は75歳になっていた。

最近足腰がめっきり弱くなり、特に膝が痛むようになった。毎日こんなすばらしい眺め

が見える坂の上の家に不満はなかったが、日常の外出に急な坂道の上り下りはかなり肉

体的に負担になっていた。

そこで階下に住むやさしい嫁に生活に必要な買い物などを頼み甘えることにした。

ところでA夫人の趣味は麻雀。

もう仲間のところまで出かけるのが億劫になったけど、ありあまる時間をなんとか好き

な麻雀をして過ごしたいとA夫人はリビングに座って痛む足をさすって考えた。

そこで思いついたのが、自宅で麻雀クラブを開くこと。

とりあえず、階下の夫婦に話すと、英国へ留学をしたことのある息子は猛然と反対した。

「そんな恥ずかしい真似はやめてくれよ、母さん。まだ品のいいブリッジならいいけど」

A夫人は負けなかった。

「あたしの人生なんだから、好きなようにやるからね」

そして敢行した。

門の横に「賭けない、飲まない、吸わない、健康麻雀クラブ」と書いた張り紙をしたと

ころ、定年退職をした男性や以前からやりたかったという主婦などが集まって2卓を囲

むほどの人数が集まったのである。

A夫人はちょっとした勇気と行動力で、老後も楽しく過ごしている。



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