思いつくまま、気の向くまま
  文と写真は上一朝(しゃんかずとも)


シャンせんせいの「ぼけのたわごと」、タイトル変えました。
食通のシャン先生、どんな買い物も手抜きなしです。



また醤油です             

「とんぼつり、きょうはどこまで行ったやら」玄関を入ると「おかえりなさい」もなく、こ

のことばが返ってきた。

醤油がなくなってきたというので、家から片道40分のところにある醤油蔵へ出掛けた。

途中で気が変わり二駅先の野田市まで足をのばし、半日がかりのお使いだった。


野田市はキッコーマンの城下町として有名だが、もともと北関東の大豆と江戸川の水と水利

を活かして江戸時代から醤油醸造が盛んであった。そのいくつかの醤油醸造家を集めて大正

6年にできたのがキッコーマン醤油である。しかしお目当ては違う。銚子のヤマサ醤油も同

じだが大手の会社はマスプロ品以外に特別な醤油は造っていない。

昔栄えた古い街をぶらつくのは楽しい。その特徴は、呉服屋、和菓子屋それと写真館が多い

ことだ。いずれも裕福でなければ用のないものだ。2時間ほどのあいだに大きな呉服屋4軒、

和菓子屋7,8軒をみた。大店の面影を残す写真館のウィンドウに明治末期のレンズが飾っ

てあった。単純に貨幣換算をすると八百万円するレンズである。こういうものを買ってもや

っていけたときがあったのだ。



ところどころに古い蔵や屋並みが残る街をぶらついていたら、昔なつかしい「子」キノエネ

醤油の工場に行き当たった。



写真で見るように明治末か大正時代に作られた黒板塀の建物が工場事務所になっている。黒

光りのする事務所にはいると60年くらいタイムスリップをしたような趣のある部屋だ。

さっそく来意をつげると奥のほうから、これも年代物の総務部長と思われる老人が出てきて

言うには、箱単位ではお分けできるが小売りはしないとあっさりと断られてしまった。

ここで引かないのがシャンさんである。マスプロ品では物足りない、お宅の自慢の品がある

のなら名前だけでも教えてもらいたい。と言うと急に態度が変わり、得々と商品の説明をし

てくれて、「ここではお分けできないが…」といま降りた駅のそばにある店を教えてくれた。

わかれしなに「野菜も売っているからお間違えのないように」と言われた。

おかしなことを言うと思ったが、田舎によくある万屋だろうと見当をつけてその店の前に立

つと大きな果物屋だった。80過ぎにみえる主は初めのうちは怪訝な顔をしていたが、キノ

エネ醤油で紹介されたというと店の奥にある小さな棚の前に導かれた。古い店なのでマイナ

ーな醤油醸造家と付き合いがあるらしく、いろいろな品を説明付きで見せてくれた。「お宅

にしか無いわけは」、と聞くと「地元の人は近所のものをバカにして買わないんですよ」と

笑いながら教えてくれた。めったに見ないラベルに目うつりがしたが、今日はキノエネ醤油

ご推薦の品を買って帰った。

あくる日、近所に住む義妹が来たのでその醤油をご披露したら「これは美味しい」と半分持

っていかれてしまった。「おれは酒屋の御用聞きじゃないんだぞ」とつぶやきながら醤油の

重みで痛めた腕をさすりながら義妹を見送った。



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