●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回のもどきさんは、一見異質なもののように見える同質のものを並べたようです。
シリーズ あんな話こんな話
勘
彼女はお茶の先生である。
先生となるには習った師匠から看板料のようなお金を払い、免許を貰って、師となって
も月に一度ぐらいはさらに稽古にいく。そうやって大師匠とつながりをもちながら、弟
子の紹介とかお茶席の斡旋とか、こまごまとした援助をもらうのである。
彼女の師匠の家は巣鴨駅のすぐ傍にあった。
改札を出て広い白山通りを渡り、眼下にJR山手線を見下ろしながら、かの有名なとげぬ
き地蔵通りとは反対方向の裏通りに入る。
小さなマンションや普通の住宅が並ぶ普通の住宅街だが、どういうわけかこのあたりに
はぽつりぽつりとラブホテルが混在しているのだ。
彼女にとって目をつぶっても師匠の家まで辿りつけるほど長年の通いなれた道。
ラブホテルの前を通ってももうすでに見慣れた光景なので彼女はなんとも思わない。
あるときは目の前を歩いている若い男女が吸い込まれるように入っていった。
またあるときは中年の男にいつのまにか女が合流して入っていった。
いつしか彼女はこの道のりをあるくとき面白い遊びをしていた。前を歩く人がホテルに
入るか、否か当てるのである。
(入る)(入らない)前の人をすばやく観察して自分の勘を試す。当たると、(うーん、
今日は勘が冴えてる〜)と気持ちよくお茶の稽古ができるのだという。
そして今では百発百中の確率で当ててしまうそうだ。
「こんなの特技でもなんでもないんだけど・・・」
ほほほ、と彼女は笑った。