●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、期待薄だった遠出に極上の春を発見して来ました。



ホワイト雛祭り

3月3日。修善寺に住む親戚に呼ばれて1カ月前より梅林へ行くことを決めていた。朝

からどんよりと曇り、とても寒い。天気予報は午後から雪になると報じている。

すでに親戚より梅は盛りを過ぎて見るかげもないと知らされており、最悪の状態だが

決行した。

足柄サービスエリアで休憩をとったあたりから、予報より早く白いものがふわりと落

ちてきた。

(ああやっぱり…お天気なら富士山がきれいなのに・・・)

久しぶりの遠出なのにお天気を恨んで心は弾まない。山間部に入って雪は本格的にな

ってきた。木々は芽吹きにはまだ程遠く裸の枝が震えている。

あまりの寒さに温かいお蕎麦でもと道路沿いを探していると、店先に早咲きの桜が植

わっている蕎麦屋を見つけた。河津桜だろうか。車から降りて桜に近づいて見ると満

開で、小ぶりの花は濃い目のピンク色をしており、その上をうっすらと白い綿帽子の

ように雪が被っていた。雪の重みでうつむいたような桜花は寒風のなかで一層健気で

可憐に見える。

せっかく咲いたのになんで雪なんか降るのよ、とちょっとすねているようだった。


そして蕎麦屋の暖簾をわけて中に入ると、店の奥に五段飾りのお雛さまが目に飛び込

んできた。

(ああ、今日は雛祭り・・・)

赤い毛氈の上に華やかな雛たちが行儀よく並んでいる。全体から古いものと見てとれ

る。母から娘へ娘から孫へ、きっとたくさんの人間たちの思いを受け止めて人形たち

は今まで存在してきたのだろう。人形だって長い年月の間に魂が宿っても不思議はな

い。

(何をみてきたの? 何を感じてきたの?)

と、そのとき、ふぁ〜と甘やかなため息が聞こえた。驚いて内裏様の顔をじっと見つ

めたが、何の変化もなく相変わらず遠い目をしたすまし顔であった。

今のは安堵のため息か…耐えつづけたため息か…それとも…私の空耳・・・


思いがけず雪の降るこの日に、ずっと飾られ続けたであろうこの場所で昔のお雛さま

に出会えた幸せ。

あったかいお蕎麦を食べて、早咲きの桜を見て、お雛さまとの出会い、この老舗の蕎

麦屋だけには春が満ち満ちていた。


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