●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
新聞記事から表情を追加のシリーズ、金がもたらす不幸。



新聞ネタ独白シリーズ

ある金持ちの終末

私は生まれたときからの金持ちだった。

事業で財をなしたというのではなく、戦前からの大地主で、祖父さんの話では駅まで他人

の土地を通らなくても辿りつけるというほどの土地持ちだったそうだ。

今では大分売ってしまったがそれでもアパートや駐車場の賃貸収入で、たびたび「長者番

付」にのっている。

金持ちというのは概して変わり者が多いというが、私もその一人かもしれない。

私の場合は不動産が金を生み出したので、金が金を生み出すという仕組みを知らないし、

知ろうともしない。だから利殖に走らない。目減りをさせないためには骨董や物の収集が

一番だ。趣味にもなっている。

銀行だって信用していない。当然預金とか貸金庫とかの利用さえもしない。ああした金融

機関は何かが勃発したときには政府命令で紙幣を紙切れにさせてしまいかねないし、それ

にいったん金を預けるとなんのかんのといって大金をおろさせないのだ。

従って大量の現金を家に置いておくから億単位の金が隠されている。

もちろん私は用心に用心を重ね、広大な自分の屋敷には厳重な防犯対策を敷いていた。金

があることでビクビクしているのはまったく理不尽な話だが仕方がない。

ときどきいくら金があっても自分が何かを生みだすことのできない人生ってつまらないな

あ、と空しく考えることがある。

大抵のものは金を出せば手に入るが、才能や尊敬など目に見えないものや夢をもって目的

を成し遂げた達成感や満足感などとも縁がない。

結構ストレスがたまるのだ。そんなとき、私は知人を誘って食事へいく。ご馳走してあげ

れば人は喜んで集まってくれ、見せかけかもかもしれないが感謝されるからだ。

金は人の心を動かすすごい力を持っていることを私は知っている。

金は魔物。だからこそ現金を目の前にすると人の心がゆがむことがある。私の金を狙って

いる奴がきっといるに違いない。いつか襲われることもありうるのだ。

そして…予感は的中した。

あれほど厳重な防犯設備の中、曲者が入り、いきなり寝ている私を刃物で刺したのだった。

折り悪くちょうどパチンコから帰った妻も刺された。

それは地獄図絵のような光景だった。私は虫の息の中で声にならない叫びをあげる。

(こんな形で死にたくない…金はやるから殺さないでくれ…この期に及んでは金の神通力

はおよばないのか…まだやりたいことがある…金でいい思いもしたけど違う世界も見たか

ったよ…これじゃあ金を管理するために生まれたようなものじゃないか…あんまりだ…)

犯人はそのとき灯油を撒き始めたではないか。焼き殺すつもりなんだ。ああ・・・


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