●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
観察者もどきさん、マスクの効用を縦横無尽に考察してます。



マスク

街中を歩いていたら前からやってくる男の人が会釈する。 

キャップをかぶり、大きなマスクをしていてほとんど顔が隠れている。

あれ、誰だろう?

「あのー、どなたでしょうか? マスクでお顔がわからないもので・・・」

会釈を返しながら口ごもっていうと、

「サイトーです」

男の人はマスクを片方だけ耳からはずし、顔を見せた。

なーんだ、絵画部で一緒の斉藤さんか。

合点がいって、

「失礼しました」

とわびた。


最近やたらとマスクをしている人が多い。インフルエンザが流行しているので無理も

ないが、表情がわからないぶん、皆怪しくみえる。

紙あり、ガーゼあり、四角形あり、菱形あり、タックあり、立体あり、マスクも多種

多様。昔は野暮ったいなと思ったものだが、今では用心深さ、エチケット、科学的と

いう側面をもつ。そう見るとあのカラス天狗のようなのは鼻が高く見えてカッコいい

ではないか。

私は風邪予防以外にも寒さ対策、スッピン対策にもときどき利用する。もっともスッ

ピン対策の方はいくら隠しても親しい間柄なら体形で身元はバレバレなのだけど。


さて、マスクをした状態って心理的には一種の武装体勢をとっているといっていい。

口を塞がれているのでコミュニケーションできないわけで、世の中との窓口は目・耳

だけ。目は観察すためにギョロギョロとせわしなく動き、異様に鋭くなる。口を開く

のが億劫になって、すっかり無口になっている。無口になると内省的になって心の中

でいろいろ考え事をする。挙句は、他人は自分の正体がわからないので目もくれない

のをいいことに、まるで透明人間になったような解放感を味わい、スパイにでもなっ

たように他人を観察してしまう。

私にとってうっとうしいマスクもこの時期だけの秘かな愉しみになりつつある。


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