●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
新聞記事から表情を追加の新シリーズ、ありえないものが目の前を。
独白シリーズ
電車幻想
夜私は愛犬を散歩させていると、山あいから電車がノロノロと走ってくるのを見てびっ
くりした。
この辺は辺鄙な山里で夜の10時過ぎといえばもう深夜。電車は通らない。丸い月はお
だやかに中空にあり、山々の影が畑に黒々映り、散在する農家は早朝の農作業に備えす
でに眠りについているはずだ。
なぜ、こんな時間に電車が走っているのだ…私は幻を見ているのか…
もしかして「銀河鉄道の夜」の列車かもしれない。きっとこの電車はどんどん天に向か
っていき、銀河ステーションをめざしているのだ。それにしてはジョバンニもカムパネ
ルラも乗っていないぞ。
いや、ひょっとして柳田国男の民話に出てくる狐か狸が化けた「偽汽車」なのだろうか。
そんなバカな…
春の眠たげな闇の中で山里を背景に1両の電車がカタカタ軽快な音を響かせて通るのは、
夢幻の世界でノスタルジックな一枚の絵を見ているようだ。
ところが、そんな幻想が恐怖に変わった。よく目を凝らすと運転手がいない。無人列車
なのだ。誰もいないのに電車が深夜に走っているなんてまるでホラーの世界。私は立ち
すくんで闇の中へ吸い込まれていく電車をいつまでも見送った。
翌日の新聞にこの電車のことが報じられていた。運転士のうっかりミスだったという。
運転士が終電後ブレーキを掛け忘れて5分間車両を離れた間に、下っている線路を電車
が無人走行したというものだった。
またか、そんな気がする。
今の日本は責任感も緊張感も足りない。自分のことばかり考えている。連日謝罪シーン
が報道されている。
果たして運転士のいない日本という名の電車はどこへいこうとしているのだろうか。