ぼけのたわごと             文は上一朝(しゃんかずとも)


大変お待たせいたしました。
大好評だった酩酊放談のシャンせんせい、装い新たに復活しました。
今回のシャンさん、今回は「京都人風」に大いに恥じております。



茶番じゃなかった            

数人の人がお付き合いでこのページを読むころには、自由民主党総裁は麻生太郎に決

まっているだろう。今回の総裁選に対しマスコミはこぞって茶番、茶番とはやし立て

たが最近の情勢をみると、けして茶番などと茶化してはいけないことがわかる。老生

も前々号に茶番という言葉をつかったが大いに恥じ入るところである。

茶番とは、田島主幹の大好きな広辞苑によれば、茶番=底のみえすく浅薄な物事のた

とえ。とある。太田農水相の辞任劇、舛添学者大臣が後期高齢者医療制度を次期内閣

で廃止すると宣言したことなどをみても、自由民主党がこの総裁選を底のみえすいた

浅薄な考えでやっていないことがわかる。五人の候補者も含め、彼らは真剣なのだ。

ただ、現在日本になにが起こっていて、政治になにが必要なのかがまったく解ってい

ないだけだ。ある地方議員は、今回の総裁選にあたり「政策は皆似たり寄ったりだか

らどうでもいいのです。だれを総裁に選んだら次の選挙で私を公認してくれるか、そ

れが一番大事なのです」と、これも国民そっちのけで真剣に悩んでいる。もう一人い

た。今回の総裁選を演出した知恵者だ。彼にとって政治はどうでもいいことだ。いま

の日本でどうしたら自分たちのグループが権力を掌中に収めていられるか、という一

事に真剣に取り組んでいる。このような輩が集い、政治ごっこをやる「あなたとは違

う」呑気な政党が、放っておいても第一党になる日本という国はいったいどういう国

なのだろうかと真剣に悩んでしまう。

そもそも茶番という言葉は、真っ当なことがあって、そのわきで浅薄なことが行われ

るときに使われる言葉であって、真っ当なことが一つもない状態で使う言葉ではない。

マスコミ諸氏にも大いに恥じてもらいたいものである。


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