●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ8回めです。


シリーズ 世にも短い物語

冬の京都   


巨大な軍艦のような京都駅を出ると外は時雨れていた。それは風に舞っている細かい雪

であった。わーさむい、と空を見上げると、曇り空の一角には青空も見えるおかしな空

模様。冬の京都はいつもこんな状態だと聞く。観光客は少なく、傘をさしている人、さ

さない人、皆不機嫌そうに歩いている。

私はバスターミナルで大徳寺行きを探した。バスを降りると雪は一層激しくなっていた。

参道がいくつも分かれていて迷ったが、地図の立看板を見て方丈の大仙院をめざす。

寺は人気のないようにしんと静まり返っていた。受け付けから靴を脱いで吹きさらしの

廊下にでると足元から冷たさが伝わってくる。すっととっくりのセーターにジャンパー

の男が寄ってきて「私が案内しまひょ」と言った。お寺には縁のなさそうな陰気な顔を

した男だった。それでも説明はなめらかでそつがない。

利休と秀吉が茶を喫したという茶室は茶色にくすんで必死に時を守ってきた緊張感が漂

う。枯山水の庭にはところどころ古雪が固まっていて風情を添え、一陣の風が私の立っ

ている廊下に雪をはらはらとふりかけてくる。そんな様子が私の旅心をかきたてて非日

常の世界へと誘う。

狩野派の襖絵のある部屋に入ると、案内の男は傍らのストーブを点火した。ようやく火

の気にありついたという感じで、私はストーブににじりよる。火をみつめていると説明

が上の空となって私はあらぬことを考え始めた。

この火がこの貴重な襖絵を燃やしてしまったら…この古い部屋ならめらめらと簡単に燃

えてしまいそうな…それは白い雪の中でさぞかし綺麗な光景だろう…そして犯人として

捕まった私は「美しさに嫉妬して」なんて口走ったりして…

ふいに、「お帰りには住職がサインをしてくれるので、パンフレットを渡してください」

という男の声で我に返った。言われ通り、出口に近い廊下では、あたりに溶け込んだよ

うな黒い衣をきたお坊さんが座っていた。

「お名前は?」

「ひさこです」

「どんな字を書きます?」

「久しい子」

お坊さんの目が光ったように見えたが気のせいか。さらさらと名前を書いて手渡しなが

ら重い声で言った。

「久しいだけなら健康な字だけれど、くれぐれもヤマイダレをつけないように。疚しい

になってしまいますから」

疚しい気持ちを持った私はその言葉にハッとした。


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