●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ2回めです。


シリーズ 世にも短い物語

ピラカンサの木   


リビングに斜めに差し込む光が日に日に強さを増している。私はそのおだやかで明る

い日差しの中で新聞を読んでいる。今こうして昼間ゆっくりした時間を持つのは長年

の夢だった。大学を出て、40年間働き蜂のように働いて定年を迎え、さらに5年関

連会社に出向し、1年前に完全に離職した。

老いがしのびよってくるとともに、自分の越し方を考えることがある。果たしてこれ

でよかったのか…やり残したことはないのか…経済活動の歯車となって家族を養い、

子供の成長を楽しみに、自分たちだけの幸せを願いながらただ生きてきたのではなか

ったか…

物思いに耽っていると突然バサバサと羽音とともに日差しの中で黒い陰が飛来した。

驚いて立ち上がりガラス越しに庭を眺めると、ピラカンサの木にヒヨドリが群がって

いる。最も寒さが厳しいこの時期、エサが少なくなってきっと住宅街までやってきて

実を食べにきたのだろう。

家のピラカンサは落ちた鳥の糞から自然に芽を出したものだ。ほっといたらぐんぐん

大きくなり、冬になるとたくさんの赤い実をつけた。枝には棘あるので剪定するとき

は痛くて厄介なしろものなのだが、赤い実が可愛らしくなんとなく切らずに残してい

たのだ。

実を食べにやってくる鳥を観察していると、スズメやメジロやヒヨドリなど多彩で、

ときどきケンカが始まり縄張り争いまであるようだった。多くの鳥がくるのでピラカ

ンサの実は2週間程で一粒もなくなってしまった。赤い実のないピラカンサは枝ぶり

も悪く何の取り柄もない木になってしまった。

でも私は知っている。多く鳥に命の糧を与えるという役割を果たしたことを。立派に

その使命を果たしたことを。1年間かけて養分を蓄えてようやく実を結んだと思った

らあっというまに食べられてしまう、そんな潔さに私は感動した。

私の人生もすっかり仕事を辞めた今、何も残っていないが、きっと私のしてきたこと

は何かの形で還元しているはずだ。ピラカンサのように派手に大盤振る舞いとはいか

ないけれど、地道に生きる、それだけでいいのだ。


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