●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの新シリーズ5回めです。


シリーズ 世にも短い物語

電話番号   


手帳を新しくしたので、古い手帳を整理しようとパラパラとめくっていたら、電話番

号らしい数字が大きく書いてある。二重丸がついておまけにアンダーラインまでつい

ている。きっと大事なメモだったのだろう。でも何の電話番号か思い出せない。

数日が経った。ずっとあの電話番号のことが気にかかっている。数字を頭の中でころ

がしてあれこれ推理してみたが思い出せない。次第に一体誰につながるのだろうとい

う好奇心が心の中にムクムク膨らんできた。とにかく電話をかけてみよう、知らない

人なら失礼しましたって切ればいい。決心して恐る恐る番号を押した。

するとすぐ受話器が取られ、きれいな女性の声がした。が、テープだった。

「お電話ありがとうございました。こちらは人生相談室でございます。音声ガイダン

スに従ってお進みください。幸福になりたい人のご相談は電話機の1を、愛されたい

人のご相談は2を、悩みがある人のご相談は3を、その他は4を、押してください」

なっ、なんだ!これは!想定外!すばやく思考回路の体制を整えて、私はとりあえず、

1を押した。

「オペレーターにおつなぎいたします」

テープの声が終わり、やや間があって、柔らかい女性の肉声に変わった。

「お待たせいたしました。あなたは幸せになりたいのですか?」やさしく包み込むよ

うに聞いてきた。

「は、はい」私はドギマギしている。

「それではあなたはどんな状態を幸福だと思うのですか?」

えっ、そんなこと急に聞かれたって…ちょっと考えて私は思いつくままに答える。

「お金があって、悲しみがなくて、愛情あふれる生活」

「それでは今あなたは貧しく、悲しい状態で、愛がなく寂しいと感じているのでしょ

うか?」再び聞いてきた。

「は、はい」私はまた歯切れ悪くとりあえず答える。

「それなら、あなたは十分幸せですよ。貧しさを知る人は幸せの何たるかを知ること

ができます。悲しみ嘆く人は慰めが得られます。愛情は求めるものではなくて、注ぐ

ものです。物事には光と影があるのをご存知ですね。どうぞいつも光を見てお幸せに

お過ごしくださいませ」

最後は手紙の結び言葉のように言って電話は切れた。不思議な電話である。私はよう

やく我に返った。そしてもう一度電話をかけて2を押そうか迷っていた。


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