●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
シリーズ17回め。もどきさん、今話題の行事をナマで見てきました。


シリーズ リポーター奮闘記

送りびと

辛気臭い話が続いているが最後なのでお許しください。


暮れも押し迫った26日親戚の老人が亡くなった。

最近はすっかり簡素化または個性化したお葬式が多いが、珍しく伝統を重んじた正統派のお

葬式が営まれた。

大抵省略される“湯灌”を2時間近くかけて行われたのである。湯灌とは故人の近しい親戚

が集まり、遺体を清めあの世への旅装束を皆で調えてあげ、納棺するまでの儀式だ。

私は珍しくて、つい、リポーターの目になっていた。

時間きっかりに係りの男女二人がタオルや化粧箱を抱えてやってきた。

あらかじめ遺体を拭き、白装束に替えてから、唐紙をカラリと開けると、まるでショーのよ

うに親族13人の見守るなかで遺体のヒゲをそり、化粧を施していく。

彼らのあまりにも手際のよさを見ていると、当然のことだが死体に触れることに慣れている。

遺体を囲む我々にとっては思い入れの強い人だが彼らにとっては物体に過ぎないのだろう。

遺族がひとりひとり綿棒に水をつけ、亡骸の口につける。これを死に水をとるというそうだ。

さらに手甲をつけ、脚絆をつけ、足袋をはかせる、これらはすべて紐を結ぶところだけを遺

族がして、決して我々が死体に直接触れることはない。

隣のお婆さんが「死毒といって死体に触ってはいけないんだよ」と囁く。

「ご遺体はこれから天国までおひとりで長い道のりを旅します。途中紐がほどけないように

固結びに結びます。胸には三途の川を渡るための六文銭をお入れします。この三角巾が目印

となります」

なんとリアルな説明だろう。彼らの述べる口上はあくまでも厳かでしめやかに、作業はマニ

ュアルどおりに淀みなく行われた。仕事とならば感情移入などはしていられない。呆然とし

ている遺族を励まし、導き滞りなく儀式を終えるように淡々と作業を進める役割を果たすの

だ。

我々は指示されるままに紐を結ぶため何度も亡骸に向き合い、心ゆくまで別れを惜しんだ。

どんなお坊さんの読経よりも供養になった気がする。

“納棺士”今話題の映画“送りびと”。呼び名はいろいろあるだろうけど、人の死体に触れ

る儀式を執り行う職業はとかく忌み嫌われるはず。彼らはどう自分の気持ちと折り合いをつ

けたのだろう。

私は以前読んだ「納棺夫日記」を思い出した。精神の葛藤のうちに悟りを開いていく話であ

った。今目の前で働いている彼らにこの話を重ね合わせ、心の内を覗いてみたい気がする。


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