●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさんの快調シリーズ14回めです。


シリーズ 世にも短い物語

おれおれ詐欺


電話が鳴っている。誰もいない部屋の空気を震わせているその音がわけもなく私の胸を

騒がせる。あわててバッグから鍵を取り出し、ちょっと手間取ってからドアを開けた。

乱暴に靴を脱ぎ捨て、居間に駆け込むなり受話器を取った。

「もしもし・・・」

「あの、僕だけど・・・」

ためらいがちな若い男の声である。(あっ、確か息子の声!)そう思った。私はいくら

か荒くなっている呼吸を鎮めるように

「ひ・ろ・しなの?」

と息子の名をゆっくりいった。

「そうだよ。あのね、母さん、ちょっと助けて欲しいんだけど・・・」

「どうしたの?」

「僕さ、友達が輸入雑貨の店を出すっていうんで一緒にやろうと思ってさ、保証人にな

っちゃったんだ。それが失敗して、その友達っていうのは逃げちゃってさ、借金が僕ん

とこへきちゃって困ってるんだ。なんとか自力で解決しようと奔走したんだけど・・・

区の弁護士にも相談したんだよ。でもダメなんだ。保証人という責任は逃れられないん

だって。母さんちょっとでいいから助けてくれないかな?」

私は傍らの椅子を引き寄せ、腰をおろした。そして息子の“母さん”という声を心の中

でゆっくり噛みしめた。いっときとして忘れたことのない息子からの呼びかけ。久しぶ

りに聞くこの言葉。なんと心地よい響きだろう。

私があまり黙っているので電話の声が不安そうに話しかけてきた。

「母さん聞いている? 返済期限が今日の5時までなんだ。僕、働いて必ず返すから

200万円用立ててくれないかな? 母さんにこんなこと頼むのとても心苦しいんだけ

ど他に縋る人いないもん。あのね、僕、生命保険に入っているから・・・受取人は母さ

んだから・・・」

必死な声が伝わる。

「ごめんなさいね。助けてあげられないわ。だって、私の息子は死んでしまってるんで

すもの。あなた、死んではだめよ」

私はやさしく言った。

電話はプツンと切れた。

私は受話器を置くともう一度天国からの息子の声を聞きたいと願い、いつまでも電話機

の前に座り続けた。


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