●連載
虚言・実言 文は一葉もどき
横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
大人気もどきさんのねこシリーズ、ブチネコ話の続き。
シリーズ/人生ときどき猫●ブチ猫2
横浜の郊外で姉たち一家とブチ猫との交流を楽しむ日々が10年ぐらい続いた。その間
猫は人間の5倍くらいのスピードで歳をとっていく。ブチ猫ブッチャンもだんだん老い
ていった。優秀なハンターだったけどさすがにドブねずみを捕まえる回数も減ったし、
ネコジャラシで遊ばなくなって、目を糸のように閉じて日向ぼっこをすることが多くな
った。
そして私たちも忙しくなって姉夫婦と麻雀することも少なくなり、そのぶん男たちはと
きどき将棋や碁をさすようになっていた。
そんなある休日、「おととい頃からブチを見かけないけど、そちらにお邪魔してる?」
と姉が心配そうに聞いてきた。「ううん、こっちにもきてないわよ」と私が答えると
「猫だって出かける用事ぐらいあるだろう」と義兄がのんびりといった。そのとき電話
が鳴った。姉が出るとひどく動揺した応対をしている。
「ブチが隣の家の縁の下で死んでるんだって!」
将棋をしていた男たちは駒を放り出して立ち上がった。全員で隣の家へ行き、庭へ回り
縁の下を覗き込むと、ようやく陽の光が届く距離のところに白っぽいものが横たわって
いる。引き寄せてみると変わり果てたブチであった。それからが大変だった。隣の家か
らブチを引き取り、バスタオルにくるみダンボールを棺がわりにして、庭の片隅に埋め
た。花も手向け、線香もあげた。あまりのあっけないブチの死。その日は2家族全員で
通夜をした。特に義兄の落胆ぶりはひどかった。
猫はよく自分の死を人前に見せないという。死を予感するとこっそり家出をして死に場
所を探すのだそうだ。ブチは死に場所を探すうちに隣の家の縁の下で息絶えたのであろ
うか。哀れで涙が流れた。ブチの思い出が頭を駆け抜ける。食べ物をねだるしぐさ、膝
の上に乗ってゴロゴロ喉を鳴らす姿、適当に甘えていい加減満足するとまた別の自分に
とって居心地のいい場所に移っていってしまう。優雅で怠惰な生活。傲慢と身勝手と悦
楽をあわせもち、心のおもむくままに悠然とたゆたうように生きた一生。身の引き際を
心得てジタバタしない見事な死。「あっぱれ、うらやましい」とまた涙を流した。
だが「まてよ」と思った。そう考えるのは人間の感傷で、猫はただ本能のままに生きて
自ら運命を切り拓くこともなく、運命を受け入れただけの話なのではないか。「チッ、
勝手なヤツ」とつぶやいてまた涙を流した。