●連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
大人気もどきさんのねこシリーズ、ブチネコ話の1回め。


シリーズ/人生ときどき猫●ブチ猫

姉が土地持ちの人と結婚した。120坪ほどの広い土地の片隅に3LDKの平屋の姉たち

の住む家が建てられたが、敷地にはまだ広々と空きが残っていた。数年後私も結婚する

こととなった。たまたま私の夫がその土地持ちの義兄と従兄にあたるという単純で複雑

な関係から、私たち夫婦は空いている敷地の片隅に掘っ立て小屋のような2Kの家を建

てさせてもらうことができた。

のどかで自然の残る横浜の郊外で、二軒の若い家庭の交流が始まった。その思い出には

1匹の猫がよく登場する。

義兄は無類の猫好きで、白と茶のブチ猫を飼っていた。見たまんまブチと呼んでいた。

いかつい顔に似合わず猫にはとびっきりやさしい声で「ブチや、ブッチャンや」と呼び

かける。休みには必ずブチ猫を膝に置きノミ取りをする。義兄の話では猫のノミは絶対

人間には移らないんだそうな。(その理由は聞いたような気がしたが忘れた)

やがて、そのブチ猫は我が家にも出入りするようになり、二軒を行ったり来たり。その

日のおかずの良い方で食事をするという、まったく要領のいい猫になった。

ちょうど4人揃うので暇つぶしに私たちはよく麻雀をした。卓を囲んで4人が座ってい

るとブチがのっそりやってきて誰の膝にのろうか物色する。皆当然自分の膝にのってほ

しいので緊張する一瞬である。

「ブッチャン、おいで!」とまず声をかけるのは義兄。すると姉がすかさず「ごはんを

あげる人の顔を忘れちゃダメよ」と脅すようにいう。夫が歌うように「こっちの膝はあ

ーまいぞ」と誘う。「なんたって若い女性の膝よね、ブッチャン」と一番若い私が猫な

で声を出す。今考えるといい大人がたかが1匹の猫に媚びたりしてあほらしいと思うの

だが、そのときはブチが自分の膝に丸くなると、選ばれた者として誇らしく、また麻雀

のツキもつくようで、どうだといわんばかりにニンマリしたものだった。とにかくブチ

はそんな雰囲気の呼吸を上手に利用する賢い猫であった。

当時は家の周りにまだドブがあった。ドブにはドブねずみも生息しており、ブチはねず

み取りの名人だった。虫の息のねずみを得意になって散々じゃれていたぶって残酷極ま

りない。それでも義兄は「おー、よしよし。大物を射止めたな。でかした!でかした!」

と褒めちぎるのだ。私と姉は眉をひそめ、その後はブチを抱く気にもなれない。こっそ

りお風呂の残り湯でごしごし体を洗うことにした。猫は当然水を嫌がり、ぼろきれのよ

うに濡れた体で義兄のところへすっとんでいった。義兄は「わっ、濡れ鼠のようだ!」

と叫んだ。私はそれを聞いて、猫に向かって濡れ鼠のようだという表現するのは猫に対

して失礼じゃないかと思ったものだ。(つづく)


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