●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
もどきさん、取材データからの新シリーズ9回目です。


シリーズ問わず語り●鮨職人

格子戸が引かれる、すかさず「いらっしゃいっ!」と威勢よく掛け声をかける、ここ

からすでに「鮨」は始まっておりましてね。お客さんが座ったらまずお茶とおしぼり。

またここですばやくお客さんの表情や短いやりとりの中から求めている鮨を察しなけ

ればいけません。それによってサービスや会話の選び方さらに好みまで臨機応変に接

客するわけです。まさにお互いの一瞬の人間観察で勝負は決まるといっていいほどな

んで。だってそうでしょ。お客さまにとってもまず店に入った第一印象はとっても大

事な要素じゃありませんか。

大体ね、何十年も鮨を握っていれば技術はなんとか身につきますよ。本当のすし屋の

腕のみせどころは店の雰囲気づくりとその先にあるお客さんとのコミュニケーション

でいかにリラックスしておいしい鮨を楽しんでもらうかなんですね。それには店の格

っていうか職人の気風ってえものも関係があるんじゃないかなあ。私にいわせれば

「鮨」を通して職人とお客さんの1対1の適度な緊張感を伴うものならば、理想じゃ

ないかと思うんですな。


ところで去年、私はちょっとイタリアへ観光旅行に行ったんですけどね。その帰りの

機中の中で、

「東京へ帰ったらまず何が一番食べたい?」

「そりゃ、鮨だよ。まず鮨。ああ、食いたいなあ…」

こんな会話が聞こえてきてね。嬉しかったなあ。鮨は日本人の体に染み付いた食文化

だと改めて思いましたよ。

今、寿司は二極化が進んでいますね。超高級店がもてはやされる一方で気軽な回転寿

司も全盛です。値段が高いか安いか違いがあるけれどどちらも日本のすし文化をゆが

めているような気がするんですな。日本人が育てたすし文化は気軽に作り手と食べ手

が季節感を共有する庶民的なものなんです。

鮨屋での心得? 注文の仕方にルールはありませんや。好きなものから好きなように

頼めばいいんです。ただ酒を飲むときはつまみで飲んで、鮨が出たら酒を中断し、す

ぐ味わって欲しいね。出された鮨をいつまでもそのままにしているのはいけませんや。

それから鮨屋にはムラサキ、ギョク、アガリなんて符牒がありますが、お客さまは使

うことはないんですよ。普通に醤油、玉子、お茶といえばいいのです。よくお勘定を

オアイソといいますが、あれは「愛想がなくてすみません」という店側の挨拶なんで

すね。通ぶるよりもなんてったって店としては「うまかったよ、また来るよ」の一言

が一番嬉しいんですがねえ。


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