●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回のもどきさん、友人のイメージチェンジを語ってます。


もんじゃ焼き

古い友人がもんじゃ焼き屋を開店させた。老舗の時計宝石店からの転業である。彼は

月島に代々続く時計店の息子であった。学生時代から他の学生と比べてきちんと感が

漂っていた。家業をついでからはますますきちんと感に磨きがかかり、髪を折り目正

しく撫で付け、金縁の眼鏡をかけ、隙のない三つ組みスーツで客に時計を選び、宝石

などの鑑定をしていた。その容姿は貴金属など高級品を扱うのにピッタリの雰囲気で

優雅でさえあった。

その彼がである。もんじゃ焼き屋に転業するとは!まったくの青天のへきれきだった。

早速、共通の友人を誘って花を持って駆けつけて目にしたのは、赤いバンダナを頭に

巻きTシャツに紺のエプロンを首からぶらさげた彼の姿だった。かつてのあの英国紳

士然とした姿とは似ても似つかぬ食べ物屋のダンナにすっかり変わっていた。

「ヒエー、変われば変わるもんだわね」

一緒に行った友人と思わず顔を見合わせた。彼は照れくさそうに何かモゴモゴいって

いたが、すぐ商売人の顔になってテキパキと席へ案内してくれた。私たちが鉄板の前

でもんじゃ焼きにてこずっていると、こうするんだよ、といって椅子にどっかと座り、

手際よく柔らかな種をうまくさばいて土手を作り食べごろを教えてくれた。

「いつ、こんな腕を身につけたの?」

「どうしてもんじゃ焼き屋になったの?」

私たちの矢継ぎ早の質問に彼はニヤリとして、

「俺さ、繰上げ長男で時計屋の跡を継いだけど、不景気が続いたうえ、このご時勢だ

ろ。みんな時計や指輪を地元の小売店じゃ買わなくなってしまったのよ。ずいぶん頑

張ったけど、立ち行きできなくなって商売替えを考えたらこれしか思いつかなくてね。

ほら、ここ月島は知ってのとおり、もんじゃ焼き通りと呼ばれてもんじゃ焼きの店が

密集しているだろ。俺も小さいときからおやつはもんじゃ焼きと決まっていたくらい

年中食べていたし…まあ、今みたいに贅沢なものは入っていなかったけどね。だから

もんじゃ焼きにはずっとなじんでいたんだ。今食べ物屋が一番いいかなと思って…」

希望に満ちて話す彼は心なしか若返ったようだ。察するにいろいろ迷いはあっただろ

うけど、今はこうして新たな道を踏み出した。転職や起業はよく耳にするけど今まで

のキャリアをバックボーンに据えることが多い中で、彼の場合は少年の頃のおやつが

まさか仕事につながるとは……

ふと、人生二毛作という言葉が浮かんだ。彼はまさに二度目の人生を楽しんでいるの

かもしれない。


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