●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、夢は大きく、見切りも早い、って性格、の話。



手仕事

私の母は手先の器用な人だった。縫い物が得意で和裁、洋裁を好んでしていたが、父が

印刷屋を興したので商売上の雑用が母の仕事となり、なかなか好きなことに時間をさく

ことができなくなった。自分のやりたかったことを三人の娘に託したかったのか、ある

ときしみじみと私たちの前でこう言った。

「三人も娘がいるのだから、誰か一人くらい洋裁店を開いてもいいんじゃないかしらね

え」三人娘がこの言葉に従っていたら、今頃コシノ三姉妹のようになっていたかも…と

ころが反応を示したのは末っ子の私だけであった。会社勤めをしながら、夜、洋裁学校

に通った。そして師範科を卒業する頃、私は結婚した。

結婚したからといって、専業主婦になるつもりはない。十代に実家の印刷業の倒産を経

験しているので、女といえども自分の口に入れる食べ物は自分で稼ぐという考えである。

主婦業のかたわらいずれ洋裁店を開き、カッコいい絵を描くデザイナーになりたい!夢

は大きく膨らんでいた。

まず、資金作りに近所の娘さん二人に洋裁を教えながら、他人様の注文もとった。

あるとき、タイトスカートの注文を受けて縫い上げ、納めにいったときのこと。顧客の

奥さんは早速試着をして、「あら、ぴったりだわ」とにっこり。内職程度の縫い賃を頂

いて帰った。ところが数時間後、そのお客さんがすごい形相で家にきて、

「ちょっと、見て頂戴。右と左の長さが違うじゃない。それにこのまつり縫いの荒っぽ

いこと!あなたプロなんでしょ!」

とまくしたてた。言われて左右のラインを合わせてみるとなるほど5ミリぐらいの差が

あるではないか。

「申し訳ありません。すぐやり直しいたしますっ」

私は平謝りに謝った。でも心の中では(履いてみて、おかしくなければそんなのどうっ

てことないじゃないか)とうそぶいている。あまり細かい仕事や複雑な作業になると面

倒くさくなるのである。

手仕事にこうした雑の考え方は通用しない。精緻な正確さが満たされてこそ、美しい仕

上がりを生み、立派な職人となれる。

私は母の器用さを受け継いだものの父の大ざっぱなところもしっかり遺伝子に組み込ま

れていることを悟った。

かくして、何事も自分の性格がプロとしての手仕事には向いていないと判断。私のブテ

ィック経営への情熱もあっけなく失せてさっさと見切りをつけた。こうして不肖の娘は

母の夢をつぶしてしまったが、代わりにせっせと身内だけに通用する雑な洋服だけは縫

っていた。既製品が隆盛になってからはそれもしなくなっていた。


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