●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、生きてる喜び、ってこんな時かも、って話。



ある晴れた日に

ふと、背中に視線を感じた。

3月になってようやく春めいた日、買ってきたパンジーを庭に植えていたときのこと

である。

振り返るとときどき餌をあげている野良猫のノラちゃんがじっと私を見ていた。歩き

かけてそのままストップをかけたような不安定な格好だった。通りかかったら私がな

にか面白いことをしているようなので好奇心を抑えきれず、立ち止まったという体勢

である。

振り向いた私の目とノラちゃんの目がぴったりあった。

「アンタなにしてんの?」

と、ノラちゃんはつぶらな大きな目を見開いて聞いてきた。

「パンジーを植えてるの。ノラちゃんはどこへいくの?」

と、私。

「トイレ」

ノラちゃんは無愛想に答える。

「どうしてみんなウチの庭をトイレにするのよ!」

私は軽くにらんでみせる

「だって、こっちのお隣もあっちのお隣もコンクリートの庭だもん。できるわけない

じゃん」

「そんなら、ちゃんとやりっぱなしじゃなくて土かけといてよ!」

「アタシはちゃんと土かけてるよ。かけないのはブチと赤トラと白キジ、アイツらは

芙蓉の木の根っこでツメも研いでいるよ」

ノラちゃんはちょっと良い子ぶって私に言いつけた。逆光を受けたノラちゃんは金色

の縁取りをしたみたいに神々しくみえる。10年程前になるだろうか、ノラちゃんは隣

の家の物置で迷い猫から生まれたのだった。だからもう大年増である。よくぞ生き延

びてくれたものだと感慨深い。私はあのふわふわの柔らかい毛に触ってみたくなり、

チッチッチと舌を鳴らして手をヒラヒラさせてこっちへくるように合図した。餌をあ

げるときのいつもの仕草である。でもノラちゃんは私の手に餌も何も載っていないこ

とを見破って、

「やだ!」

ノラちゃんは素っ気なくいうと、すたすたと裏の方へ歩いていってしまった。きっと

柿の木の下の柔らかい土を掘って用を足すのだろう。

でも私は久しぶりに土の匂いを嗅ぎ、芽吹きの草木に触れ、ノラちゃんと対話して幸

せな気分だった。


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