●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回は、小さな草花さんと大自然との関係について、の思索。



シャクナゲツアー

“親はなくても子は育つ”といっても人間界のことではない。植物界のことである。い

まどきの人間の子供はたっぷり目をかけ手をかけられているからこうした逞しさはない

もの。話を本題に戻そう。

4年前20人ぐらいのグループで浅間山麓の「浅間高原・しゃくなげ園」にシャクナゲ

の苗を植えに行った。先日その後どうなっているか、見届けようということでツアーを

組んだところ10人ほど集まった。

朝7時45分池袋を出発。雨風激しい荒天の中を軽井沢に向かってひた走るうち、浅間

高原に到着する頃になって見事に陽のさす好天となった。

(ツキは私たちに微笑んだ!)

高原の緑はまだ芽吹いたばかりで柔らかく雨に洗われてみずみずしい。雄大な浅間山が

流れる雲から顔を出す。嬬恋のまだ双葉のキャベツ畑から空を見上げると上空の強い風

のためか雲がダイナミックに形を変えていく。天気の劇的な変化の舞台が緑美しい高原

であることを感謝した。やがて山の斜面に植えたシャクナゲとの再会に皆胸を躍らせる。

(確かこのあたりだが…)

植えたとき、植栽日と名前を書いたプレートをつけたはずなのにほとんどが無くなって

いた。3人ほどの仲間のプレートをみつけたが、色は褪せかろうじて名前が読み取れた。

(お前は、とても過酷な自然にさらされていたのね)

シャクナゲの成長はそれほど早くはない。丈が5〜6センチ伸びたくらいであった。ま

だ花をつけるまでには至らずほんの子供である。

(親は植えっぱなしでも、よくぞひねくれずにここまで育ってくれたものよ)

涙、涙の(?)ご対面だった。

シャクナゲはツツジ科の植物で、ツツジのような花をたくさんつけて、薄いピンクのボ

ールのような大輪となる。蕾はとても小さくそこからたくさんの花をつけるので、咲か

せるのに相当なエネルギーがいるのだという。鋭い肉厚な濃い緑の葉っぱとたくましい

幹がその営みを支えている。

(何事も大仕事を成し遂げるには苦労はつきもの。負けられないわ)

太宰治風にいえば、浅間山にシャクナゲはよく似合う。

けれども、山を分け入ったら思いがけずにシャクナゲに出会ったという感激と、植栽に

よって山の斜面がシャクナゲの群生地となってと感激するのとは自ずと異なる。

(野生の自然と人工の自然、どちらがいいのだろう?)

いろいろと自問自答しながらシャクナゲ園を後にした。


※一葉もどきさん、今週から旅行のため、次週分からしばらく休載します。


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