●新連載
虚言・実言         文は一葉もどき


横浜が縄張りの元タウン誌ライター。
貧しさにもめげず言の葉を探求し、人呼んで“濱の一葉”。
ウソ半分、ホント半分の身辺雑記を綴ります。
今回はなにやらエロチックな話の気配。



白日夢

私はそっとドアを開けた。すると若い男がまるで待っていたかのようにすっと傍へ寄っ

てきた。

その男はこげ茶色に髪を染めていた。ゆるやかにカールした髪の毛が額にわずかにかか

りナイーブな印象を与えている。意志的な太い眉の下の目は細く柔和である。顎は細く

清潔感を漂わせ、口許には人懐こい微笑みをたたえていた。

私は軽くうなずいて、着ていたコートを脱ぐと彼は優雅な身のこなしで受け取りハンガ

ーにかける。そして、こちらへというように静かに手を差し出し部屋の奥へと誘った。

鏡の部屋。促されて私は深々と椅子に座る。緊張と期待が高まる。彼は何事か私に囁い

てから長い指を私の髪の毛にそっと差し入れた。しなやかな彼の指は縦横無尽に動き、

ときどき頬に触れ、うなじに触れる。そのたびに私の胸はドキドキと高鳴った。

やがて彼は私をシャワールームへ誘う。そこで私はゆったりと横になる。若い男の厚い

胸板がおおいかぶさるように私のすぐ目の前にあった。若い男の発散するかすかな皮ジ

ャンのような匂いがした。私は静かに目を閉じる。そして彼のなすがままに身をゆだね

た。至福の時が過ぎていく。

髪が濡れている。彼はまるで宝石を扱うようにやさしく丁寧に拭いてくれる。

再び鏡の部屋。彼のやさしいまなざしと私の照れた目が鏡の上でぴったりと合った。私

は思わずほっと満足の吐息をもらした。

まるでそれが合図のように私たちは立ち上がった。彼は私を包むようにコートを着せて

くれる。

私はそっと美容院のドアを閉めた。「ありがとうございました。またお越しくださいま

せ」という声を背中で聞きながら。


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