4/25の日記          文は田島薫



赤羽馬鹿祭り

日曜は赤羽馬鹿祭り、ってのがあるから、行かないか、って映画プロデューサー

の尾形さんから誘いがあり、彼は前から色んな催しに誘ってくれて、でも出無精

の私はたいてい断ってたんだけど、赤羽は家から近いし、まあ、ちょっと行って

みてもいいかな、って思った。

馬鹿な私が馬鹿祭り、ってのに行くのは悪い冗談のような気もしたんだけども、

ひとりあそびのジミヘンギターフレーズ研究の楽譜とエレキギターを中断して、

昼過ぎにのそのそと出かけた。

外はぽかぽかいい天気で、あちこち色んな花が咲き、なかなかのお出かけ日和。

日曜だってのに、毎日乗ってる電車で同じコースを行くのはなんだか馬鹿馬鹿

しい感じもしたんだけど、そこはそれ、馬鹿祭り、だって。


高架の電車の窓からマーチングバンドのような隊列が見え、赤羽駅前のステージ

では、バンドがロックのリズムで演歌のような歌をがなっていた。

約束の時間を少し過ぎていたので待ち合わせの立ち飲み屋へ行ったが、尾形さん

の姿はなく、とりあえずひとりでビールを飲み始めた。

約束より20分以上過ぎたところで、彼はやって来たんだけど、私の方も気が向い

たら行くかも知れない、って表現の約束だったんで、まあ、妥当な遅れだろう、

って感じた。

彼は舞台小物の借り出しなどの世話で昨晩舞踏家の成瀬さんちに泊まり、そこから

直行したらしい。


祭りは何も関係なく、われわれは結局閉店の4時半まで飲み続け、その後、私の

自宅へ移り、またけっこうな時間まで飲み続けた。

彼と会うと、いつもメインテーマが飲み会ってことになっちゃうのだ。

毎週2回ぐらい事務所で一緒に飲んでるのに、もっと他の日も飲もうよー、って

言われちゃってるわけなのだ。

私自身も飲むのはきらいじゃないので、付き合うとたいていとことん飲んじゃう

ので、色んな面でそれが事前に出無精になっちゃう理由でもあるのだ。


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