8/2の日記 文は田島薫
タダシイ生活
ギター弾いて、新聞読んで、サッカー見て、昼寝してビール飲んだ。(以上)
ってことで、毎週同じようなことして時間だけ過ぎて行く。
先週と、先々週と今週で違いはあるのか、と考えたら、それぞれ新しい発見や
認識をしたような気がしているんだけど、じゃそれは何だ、って考えると、
思い出せないから、たいしたことじゃないんだろうし、忘れることも多い
んだろう。
たいしたことだろうが何だろうが無理に認識を重ねて行けばいいってもんでも
ないはずだし、けっきょく行き着くところは、どれだけ楽しんでいるか、将来に
向けても、その楽しみを失わずに行ける最低限の段取りはできてるか、って
ことなのかも知れない。
やっぱり人は、好きで自分が楽しんでいることからいろんな認識を得るし、それ
こそが本当に自分の身につくものなんだろう、と思う。
どんなに楽しいことでも同じ地点に留まっているだけだと、飽きてしまって、
楽しくもなくなってしまうから、自然に進歩を目指すってわけだ。
で、楽しいことって、自分ひとりだけでどんどんやれることもあるんだけど、これが、永遠に自分だけで完結して、人に関われない、としたら、そんなに
夢中になれるだろうか、って考えると、やっぱり、それぞれのローテーション
で期間の長短はあるにしても、人を好きになり、人と関わって行く時間をうまく
組み込んで行くことが、生活の活性化には大切なことなんだろう。
しかし、例えば昨日友人と会ったばかりでも、ひとりで考えごとしてたりする時、自分は、大事なことを忘れていて、どうでもいいことに気を取られているだけの、
世界に見捨てられたただの馬鹿なんじゃないか、って感じることはよくある。
(そのとおりだって?)