9/16の主張 文は田島薫
(被害妄想について)私は思ったことを、あまり深く検討もしないでそのまま言ってしまう傾向があって、
気をつけてるのだけど、軽い冗談のつもりで言ったことがそのままストレートな意味で
受取られていたりして、自分で驚くことがあった。
親しい友人ならさほど問題にはならないのだが、それほどつきあいのない人に気楽な
話し方で油断していると、今でも誤解を生む可能性は大きいのだろう。
で、よく自分以外の人同士の会話に立ち会ったりして、私と同じようなかたちの行き違いからの、「いさかい」を目撃することもけっこうある。
つい先日も身近な者同士の会話でそんなことがあった。
それは、けっきょく一方の、ある種コンプレックスから、前後の話に気をつけていれば
わかるあきらかな意味を、自分は蔑視されているかも知れない、といった気構えから、
意味をその方向で取り違え信じてしまったことから、起こったのだった。
私も前述のように人から腹をたてられることが多い方だと思うのだけれど、私自身は、人から乱暴なことを言われた場合も、本気で怒ったという記憶はない。
昔勤めていた会社の社長(今でも友人つきあいしている)から教わったったことを憶えて
いるせいかも知れない。
それは、こういうことだ、人はだれでもたいていコンプレックスを持っていて、人の話を
マイナスにとることがあるので、人から何かいやなことを言われたと感じた時は、
それを言った当人の立場になってみて、どういうつもりで言ったか考えてみる、まず、
いちばん悪意を持って言ったと仮定して考えてみる、次にいちばん善意を持って言ったと
考えてみる、といった方法だ。
これをこころがけていると、ほとんどすべてといっていいぐらい善意の方で納得が行く
ことがわかる、ということだ。
私自身もそう感じるし、私自身は何でそう言うのかその場で無邪気に質問してしまうことも多く、たいてい、軽い悪態を返すぐらいで解決なのだ。
いずれにしても誤解なしなら、後まで根を引きずるほどの事は、そうあるもんじゃない。
たいした話じゃなかったですが、けっこう気がつかないことも多そうでしょ。