10/20の主張             文は田島薫



(辣腕弁護士について)

先日の道路公団総裁の更迭勧告に対して、しぶとい藤井氏の粘りが続いているが、

テレビを見てたら、彼の弁護士ってのが出て来て、これが絵に書いたような旧態

体制装置組み込まれ「自動人形」(エーリッヒ・フロムの表現から)で、とにかく、

本質的な問題解決、日本の道路行政のあるべき姿に向かうにはどうしたらいいか、

といったこととは全く別次元の、旧態の利権構造を壊さないようにするために、

これまでやって来た自分の長いキャリア、テクニック、プライドといったものを

発揮してがんばろう、といった姿勢が感じられた。


自分と、世界や日本との関係意識が、狭いなりゆきでつちかわれた人間関係の保存と、

つまらない自己の技術的レベルのプライドに集約してしまっているのだ。


些末な言葉の解釈を楯に法的な逃げ道を探り、うまくすればそれ以上の正当性を

認めてもらえるかも知れないと。

それが弁護士の仕事といえばそうなんだろうが、あきらかに国政レベルでの言って

みれば背任行為をやったと言える者に(藤井氏はいっしょに不正をやった政治家の

イニシャルを上げたそうだから、自覚はあるのだ)、低次元の言い訳の逃げ道を

作る努力をするって、なんてりっぱな仕事なんでしょうね。


しかも、その弁護士は自信たっぷりに(ほんとは演技なんでしょうけど)、法律の

抜け道をうだうだ主張するのだった。

ま、それは自由だけども、あつかっているものの本質を弱い個人の人権といったもの

と、混同しているんじゃないでしょうね。

彼を見ていると脳の働きが止まった頑固老人のがんばりに見えてしまうのだ。

多分彼はもっと一般庶民の中で力を発揮するべき人なのだ。


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